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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1305号 判決

控訴人(昭和三十五年(ネ)第一、二六六号事件) 今西房治良

右訴訟代理人弁護士 渡辺一男

佐野正秋

控訴人(昭和三十五年(ネ)第一、三〇五号事件) 田中ヤノ

右訴訟代理人弁護士 和島岩吉

小野武一

岡田忠興

右訴訟復代理人弁護士 渡辺一男

被控訴人(昭和三十五年(ネ)第一、二六六号、同第一、三〇五号事件) 株式会社 岡本商店

右代表者代表取締役 岡本静夫

右訴訟代理人弁護士 牛島定

室山智保

主文

一、原判決を左のとおり変更する。

控訴人今西房治良は被控訴人に対し金百三十五万七千四百四十円及びこれに対する、昭和三十三年六月十一日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人の控訴人等に対する、別紙物件目録記載物件に関する所有権確認の請求はこれを却下する。

二、当審における被控訴人の控訴人等に対する予備的請求のうち、第二次的請求はこれを却下し、第三次的請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人と控訴人今西房治良との間に生じた分はこれを三分し、その二を同控訴人の、その余を被控訴人の各負担とし、被控訴人と控訴人田中ヤノとの間に生じた分はこれを被控訴人の負担とする。

四、本判決は、金員の支払を命ずる部分に限り被控訴人において金三十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

一  申立

控訴人両名の訴訟代理人等は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに当審における被控訴人の予備的請求に対し請求棄却の判決を各求めた。

被控訴代理人は、控訴人等の各控訴はこれを棄却する、との判決を求め、新たに当審において控訴人等に対する関係において別紙物件目録記載物件が控訴人今西房治良の所有であることの確認請求が認容されない場合の第二次的請求として「控訴人等は被控訴人との間に、控訴人今西房治良が別紙物件目録記載但書の供託金取戻請求権を有することを確認する」との判決を、さらに右請求が認容されない場合の第三次的請求として「控訴人今西房治良が別紙物件目録記載物件につき昭和三十三年五月三十一日控訴人田中ヤノに対してなした譲渡契約はこれを取消す。」との判決を求めた。

二  事実上の主張

被控訴代理人は、主たる請求の原因として

(一)  控訴人今西房治良は昭和三十三年五月二十一日被控訴人に宛て金額百三十五万七千四百四十円、満期日昭和三十三年六月十日、支払地、振出地共千葉県木更津市、支払場所千葉興業銀行木更津支店なる約束手形一通を振出し、被控訴人は現に右手形の所持人であるが、同期日に支払場所において右約束手形を支払を受けるため呈示したが支払を拒絶された。よって控訴人今西に対し右約束手形金百三十五万七千四百四十円とこれに対する満期日の翌日から手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

(二)(イ)  控訴人今西は昭和三十三年五月十七日から、同月三十日までその所有にかかる別紙物件目録記載の物件を木更津市木更津千九百三十三番地厚生水産株式会社に自己名義で寄託していたところ、同月三十一日訴外石垣和子及び、同内本一馬に寄託者名義を変更し、さらに同年六月六日右寄託物の所有者名義並に寄託者名義を同年五月三十一日に遡らせて控訴人田中に変更した。

(ロ)  そこで、被控訴人において調査したところ、控訴人今西は被控訴人以外にも多額の債務を負担し、これが執行を免れる目的を以って前示石垣、控訴人田中等と通謀の上自己の唯一の財産である本件物件を恰も真実或は右石垣に、或は控訴人田中へ譲渡した如く仮装したものであり、従って石垣等及び控訴人田中への譲渡は虚偽の意思表示として無効であるから、本件物件はなお控訴人今西の所有に属するものである。然るところ控訴人今西には本件物件以外には資産はないので、被控訴人としては前記手形債権の履行を確保するため控訴人等との間に本件物件の所有権が控訴人今西にあることの確認判決を得た上これが差押をなす必要がある。

よって、控訴人両名との間に本件物件が控訴人今西の所有であることの確認を求める。

と述べ、第二次的請求の原因として

所有権確認の対象たる一寸そら豆は、債権者被控訴人、債務者控訴人田中間の千葉地方裁判所木更津支部昭和三十三年(ヨ)第一四号有体動産仮処分事件につき発せられた仮処分決定により執行吏保管に付せられ、控訴人田中に対し、右物件の譲渡質入その他一切の処分禁止、占有移転禁止を命ぜられているが、右物件は季節品であり相場の変動によって価格が急激に下落する恐れがあり、加うるにこれが保管については冷凍貯蔵のため多額の費用を要するので、被控訴人の申立により同裁判所昭和三十三年(ヲ)第一三号事件において右物件の換価命令が発せられ右命令に基いて千葉地方裁判所執行吏宮内辰蔵がこれを競売したのであるが、その換価金のうち競売費用、冷蔵保管料を差引いた残額金七十三万七千二百六円が千葉地方法務局木更津支局に供託された。然し、右換価処分は仮処分の執行行為であって、右供託金は本件一寸そら豆と同視すべきものであるから右換価の事実は、右物件についての所有権確認請求の当否を判断するに当って考慮さるべきではないのであるが、万一この見解が容れられない場合に備えて、被控訴人は前記供託金の取戻請求権について請求の趣旨記載の確認判決を求めるものである。

と述べ、第三次的請求の原因として

被控訴人は、控訴人今西に対し主たる請求原因において述べたとおりの債権を有するものであるが、控訴人今西が控訴人田中に本件物件を譲渡したことが仮装でないものとすれば、控訴人今西は右譲渡の当時本件物件以外に資産を有せず、右の譲渡により被控訴人を害することを知っていたものであることは明らかであり、且つ同控訴人は現在においても無資力であるので右譲渡により、被控訴人は控訴人今西から前記債権の弁済を受け得られなくなった。よって右債権の保全のため控訴人今西のなした前記譲渡契約の取消を求めるものである。

と陳述し、控訴人等の主張事実のうち控訴人今西が控訴人田中、訴外石垣和子及び同内本一馬に対しその主張の如き債務を負担していることは否認する、控訴人等は詐害行為取消権は時効により消滅したと主張するが、被控訴人はあくまで控訴人間の前記譲渡を仮装のものと信じているのであるから、本件訴訟において右譲渡が有効であると認定された場合に始めて被控訴人は、右譲渡が詐害の目的に出てたるものであることを覚知するのである。従って詐害行為取消権は未だ時効により消滅していない。

と述べた。

控訴人等の代理人等は、

被控訴人の請求原因事実のうち(一)及び(二)の(イ)の事実は認める、同(ロ)の事実中控訴人今西が被控訴人以外の者に相当額の債務を負担していたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。控訴人今西が本件物件の寄託者名義を訴外石垣等に変更したのは当時控訴人今西が右石垣等に対し七十五万円の債務を負担していたのでこれが支払確保のため、本件物件を譲渡担保に供したことによるものであり、さらに控訴人田中に名義変更をしたのは同人から控訴人今西が昭和三十二年十月三十日に金百五十万円、同三十三年三月十七日に金百三十二万八千円合計金二百八十二万八千円を借受けこれが債務を負担していたので、同年六月四日控訴人今西において前記石垣等に対する債務を弁済して本件物件を取戻した上、控訴人田中のためこれを売渡担保に供したことによるものであって、右により控訴人田中は本件物件の所有権を取得した。ただ寄託者名義を訴外石垣等から直接控訴人田中に変更しているが、それは手続上の便宜からであって、控訴人田中に対する譲渡そのものは決して仮装のものではない。従って被控訴人の本件物件に対する所有権確認の請求は理由のないものである。また、被控訴人の第二次的請求も右と同じ理由で棄却さるべきである。さらに第三次的請求については、控訴人今西が控訴人田中へ本件物件を譲渡担保として提供したことが、控訴人今西の債権者を害するいわゆる詐害行為であることは否認るすが仮りにそうだとしても、右譲渡の当時控訴人今西が無資力であったことは、被控訴人において覚知していたものであるから、行為時より七年も経過した昭和四十年二月十二日現在(被控訴人が詐害行為として取消を主張するに至った口頭弁論期日)では詐害行為取消権は時効により消滅している。

と陳述した。

三、証拠≪省略≫

理由

一、まず、被控訴人の控訴人今西房治良に対する約束手形金の請求について判断する。

被控訴人が約束手形金請求の原因として主張する事実はすべて控訴人今西において認めるところである。右事実によれば被控訴人は控訴人今西に対し約束手形金百三十五万七千四百四十円とこれに対する満期日の翌日たる昭和三十三年六月十一日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の利息の支払を求める権利があることは明であり、その支払を求める被控訴人の請求は正当であって認容さるべきものである。

二、次に被控訴人の確認の請求について判断する。

本件物件(又はその代替物としての供託金取戻請求権)が控訴人今西の所有(代替物の場合は権利者)に属することの確認は、被控訴人に法律上の何等の利益も来すものではない。被控訴人は本件物件が控訴人今西の所有に属し、当初同控訴人を寄託者として訴外厚生水産株式会社に寄託され、その後寄託者名義を再度に亘り変更し、最後に寄託物の所有者名義並に寄託者名義を控訴人田中としているが、真実の所有者並に寄託物取戻権者は依然として控訴人今西であるところ、被控訴人は同控訴人に対する債権取立のため上叙寄託物件について強制執行をなすについて便益を得る必要から確認を求めるというのであるが、右便益の如きは、寄託物件が債務者に対する一般債権者の債権の弁済に充て得る資財であるという傍証的効果があるにとどまり確認判決の目差した確認自体により被控訴人に法律上直接の利益をもたらすものではない。のみならず寄託契約に因り、受託者の占有する執行債務者の所有動産については、受託者が進んで右動産を執行吏に提供しない限り、これを差押えることは、たとえ寄託物件が執行債務者の所有に属する旨の被控訴人請求の確認判決があったとしても、できないのであるから、右判決が執行上の便益となるものとは云えないし、又寄託物件の代替金返還請求権の所属の確認の有無に拘らず、右請求権が執行債務者に属することを理由として、執行債権者が執行裁判所の右請求権の差押命令並びに取立命令等を一応得ることは可能であろう。従って右執行に先立って請求権の帰属の確認を予じめ得たからとて格別の便益があるとは云えない。以上説示したところにより被控訴人の別紙目録記載の物件についての所有権確認並びに同目録記載但書の供託金取戻請求権の帰属の確認を求める請求は、その利益のないものとして却下を免れない。

三、次に、被控訴人は、寄託物件の控訴人間における譲渡契約(これが仮装のものでなかったとして)は少くとも詐害行為となるからこれを取消す旨の判決を求めるというのであるが、控訴人等は右譲渡が、控訴人今西に対する一般債権者の債権を害するいわゆる詐害行為に該当するとしても、被控訴人の右行為の取消権は二年の時効により消滅しているというので、この点について判断する。

詐害行為の取消権は、これを行使し得る債権者が取消の原因を覚知したときから二年間行使しない場合、時効により消滅するわけであるが、その取消の原因を覚知したときとは、債務者がその行為によりその債務の弁済に充て得る資産のなくなることを知りながら、敢行した法律行為を、債権者において、右趣旨の行為があったことを外見上覚知したときと解するのが相当である。本件についてこれをみるに被控訴人が詐害行為取消請求をしたのは昭和四十年二月十二日の当審における口頭弁論期日に、予備的に追加申立をしたものであるところ、被控訴人において控訴人今西が被控訴人に対する債務弁済の資力のなくなるに拘らず控訴人田中に寄託物件を譲渡した行為を外見上覚知したのは、遅くとも本件訴が原審裁判所に提起された昭和三十三年八月六日であることは、被控訴人の主張自体に照し明らかであるから、右行為の取消権は遅くとも同日より起算して二年を経過した昭和三十五年八月六日限り、時効により消滅に帰したものといわざるを得ない。

被控訴人は詐害行為取消権の消滅時効は債権者が債務者のなした法律行為が詐害の目的に出たことを覚知したときからその進行が開始するもので、被控訴人は本訴提起当時より控訴人両名間の寄託物譲渡行為が、もっぱら、仮装のもので、真実に譲渡がなされたものとは知らず、本訴訟により右譲渡が真実のものと裁判所によって認められたときに、初めて詐害行為であることを覚知するわけであるから、消滅時効は進行を開始していないと主張するけれども過去になされた法律行為を取消すことは一般に第三者(受益者、又は転得者)に与える影響が大きく、一般取引の安全を害する虞れがあるので特に時効時間を短期として法律関係の早急な確定を企図した法意と、詐害行為の当事者以外の第三者からしては、その行為が虚偽表示なりや又は詐害の認識の下になされたりや等の主観的事実は容易に窺知することはできないことを考えると、債権者が詐害行為を覚知したときとは、詐害行為の主観的事実はさて措き、客観的に比較的容易に知り得る、行為の外観上の存在(仮装であると否とは問わず)と、その行為が債務の弁済にあて得る資産の喪失を来す性質のものであり、その結果債権者の債権が害されることを、債権者において認識したときと考えなければならない。(被控訴人は譲渡が真実のものとは知らないというが、かかる場合は当初より予備的に取消を主張すれば足りるので、権利の保護を求めるに支障はない。)従って時効の起算点についての被控訴人の主張は採らない。してみれば被控訴人の詐害行為取消の請求は、その余の点についての判断をまたないで、失当であって棄却さるべきものである。

以上のとおりであるから、被控訴人の金員請求部分を認容した原判決は相当であるが、確認請求を認容した部分は不当であるので民事訴訟法第三百八十六条、により後者の部分を取消して原判決を主文第一項のとおり変更し、被控訴人の当審における予備的請求のうち第二次的請求は却下し、第三次的請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法第九十六条、第八十九条、第九十二条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 毛利野 富治郎 裁判官 加藤隆司 安国種彦)

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